毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「偽らない生き方」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】対照的なりん(見上愛)と直美(上坂樹里)。思い出される父(北村一輝)の教えと「社会」への第一歩
※本記事にはネタバレが含まれています。
田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社)を原案とするオリジナル作品で、見上愛、上坂樹里がW主演を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』の第4週「私たちのソサイエティ」が放送された。
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今週、一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)は、大山捨松(多部未華子)からトレインドナースにならないかと持ちかけられる。当時「看護」は貧しい者がつく仕事という認識が強く、一度は断る二人に、捨松は頭を下げて説得する。明治の女性にとって前例のない職業に踏み出すまでの、二人の揺れが今週の芯だ。
直美は、海軍中尉・小日向栄介(藤原季節)との結婚を牧師・吉江善作(原田泰造)に報告に行く。その吉江が直美に投げる問いが、鋭い。「Is this your life?」──これがあなたの人生ですか、と。結婚によって身分と暮らしを手に入れようとしていた直美に、その選択は本当に自分の意思なのかを突きつける一言である。
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その日のうちに小日向が詐欺師で、本当の名前は寛太であると知った直美は、贈られたかんざしを自分の手でへし折り、鹿鳴館の捨松のもとに戻って身分を偽っていたと告白する。身分を偽ってでも「まっとうな結婚」にたどり着こうとした直美を、偽り尽くしで生きるもう一人の人物・寛太が鏡のように映し出し、はからずも結果として「偽らず、自分の力で立つ」方へ──つまりトレインドナースの方へ──押し出してしまう。寛太は直美にとって裏切り者であると同時に、最初の背中を押した他人でもあった。
いっぽう、りんの迷いを解くのは、瑞穂屋の常連客である言葉オタクの青年・島田健次郎(佐野晶哉)、通称シマケンである。「気にしているのは家族への目もあるけれど、その奥にあるのは自分自身のナースへの偏見なのではないか」。シマケンは、幼い頃に自分を看病してくれた女性の手のぬくもりの話を添えて、りんにそう問う。「私の中のもやもや、偏見に気づけた」と応じるりん。看護への反対は外からだけでなく、自分の中にもあった──その自覚が、ここで初めて言葉になる。
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ただ、帰宅したりんを待っていたのは、夫の奥田亀吉(三浦貴大)の家の者によって娘・環(たまき/宮島るか)が連れ去られた、という事件だった。りんは栃木へ向かい、途中、幼馴染の竹内虎太郎(小林虎之介)と再会。虎太郎は奥田屋まで同行し、屋敷に乗り込むりんを待つ間、外で奥田家の人間たちに囲まれながら体を張って立ちはだかる。そして、東京で英語を学び女手一つで環を育てていくというりんの覚悟を知ると、自分の想いは一切口にせず、「大事(大丈夫)だ、りんならできる」と背中を押す。"お姫様"と仰ぎ続けた相手の行く道を、邪魔しない側に立つ虎太郎の一途さ。その健気さが、激動の一週間にそっと寄り添う。
屋敷では、りんの離縁と環の親権の要求を亀吉が突っぱねる中、障子を開けて入ってきた義母・奥田貞(根岸季衣)が、意外な言葉で場をほどく。「くれてやればいいべ、娘なんて。娘は金食い虫だ。どうせ嫁にやることんなる」──表面的には孫を切り捨てる言い分だが、帰り道、環はぽつりと言う。貞ばあばの作る小魚の佃煮がおいしかった、と。そして場面は奥田家の台所へ。鍋には環の好物の佃煮がある。りんの持ち込んだ佃煮を「ふん......薄いね」と味見する貞に、息子の亀吉が「女のくせに偉そうに」と酒をねだりにくる。貞は、その額をぴしゃりと叩いて言い放つのだ。
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「おらも女だ! 女で、ばばあだ! クソばばあだ!」
嫁いびりの側にいた義母が、息子の女性蔑視の言葉に不快感を示す。これが今週、多くの視聴者の胸を打った一瞬だ。家の格を欲して一ノ瀬家から嫁を取り、落ちぶれた士族の娘の子だと環を突き放す──そう振る舞わざるを得なかった貞もまた、「良い家に嫁ぐ=奥様」以外のすごろくを持たない女の一人だった。不器用で、遅れて届く連帯の声である。
東京に戻ったりんにも、母・一ノ瀬美津(水野美紀)が横浜の老舗の造り酒屋からの縁談を持ち出して引き留めようとする。美津は「おなごの幸せは良き家に嫁ぐこと」という価値観は手放していない。それでもりんは戻らない。「私も母上のような奥様になりたかった。でもなれなかった」──環に同じ思いはさせられない、と告げる。そこで美津は縁談が、りんの覚悟を試すための嘘だったと打ち明ける。
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貞の「おらも女だ」も、美津の縁談の勧めも、「奥様」以外のすごろくを知らなかった世代の精一杯のかたちだ。りんは「私のすごろくの上りはもう奥様じゃない」と踏み出しながら、自分の前に立っていた女性たちを切り捨てない──ここにこそ、本作が描き出す連帯の輪郭がある。
そして看護学校入学の日、りんは髪をばっさり切った直美と再会する。「士族の娘さんはナースになんてならないかと思った」「あ、直美さん......。えっ、髪!?」。誰かに選ばれる人生で生き延びようとしてきた直美が、髪と一緒に過去を断ち切った。今週のラスト20秒のワンカットで、二人はようやく本当に同じ場所に立つ。
その道程で重ねられているのが、瑞穂屋の店主・清水卯三郎(坂東彌十郎)との対話だ。英語を学び始めたりんは、辞書を引いても「社会」としか出てこない"society"の感触を、まだ掴めずにいる。卯三郎に問われて、りんはこう答える。「そこにいるみんな、のような?」。徳川様の時代は徳川様のもので、自分はその外にいた。女は家にいて、父のように世間から外れた者もいなかった。でも「社会」はそうではない。子持ちで働く女も、シマケンのように何者かわからない者も含まれる場所のはずだ、と。卯三郎は「いる人で社会が変わるのかも」と応じ、10年後、100年後には誰もがナースの看護を受ける社会が来るだろうと予言する。
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「いる人で社会が変わる」は、たしかにその通り。しかしそれで社会が健全になったかというと、話はそう単純ではない。本作の舞台である1883(明治16)年からおよそ140年。総務省「労働力調査」によれば、2025年平均で役員を除く雇用者に占める非正規の割合は女性が52%前後、男性は約22%。非正規雇用者のおよそ7割が女性だ。加えて、海外からの旅行者が日本に来て驚くことの一つが、高齢者がみな働いていることだという。2024年の65歳以上の就業率は25.7%で、ドイツの8%台、フランスの4%弱と比べれば突出する。その多くは年金だけでは暮らせないという必要に迫られた非正規就労ではないか。女性も高齢者も、働き口がある=社会に包摂されている、とは単純には言えない。誰もが「いる」けれど、誰もがすり減りながら「いる」社会、という風景が、卯三郎の楽観のその先に広がっている。
りんが口にした「そこにいるみんな」という定義は素朴だが、的確だ。そこに"誰がいるか"だけでなく、"どのように居られているか"を問うこと──『風、薫る』が今週、「社会(ソサイエティ)」という言葉に託したのは、その射程の長さではないか。
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文/田幸和歌子
田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。
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